空が黄昏色に染まる頃、イツキとカリンは仕事を終え、
リーグ内の庭へ訪れていた。イツキは読みかけの洋書に視線を落とし、
カリンはその膝の上で眠っていた。
彼女は、よく眠る人だった。草原に行けば、高い確率で眠ってしまう。
疲れと言うのも、あるのだろう。彼女は、一度も仕事をサボった事がない。
……あの、怠惰なチャンピオンの様に。
時折、イツキは本から視線を逸らし、カリンの寝顔を見詰めた。
そして、不意に頬を撫でると、薄らと開く瞼。
「ごめん、起こしたかな?」
「…………」
イツキの問いかけに答えず、ボーっとイツキを見詰める。
そんな彼女が可愛く思えて、イツキは微笑みながら頭を撫でる。
すると、カリンが小さく笑った。そして、身体を起こす。
それと同時に、イツキは洋書を閉じる。
「ねぇ、イツキ」
「何?」
「……貴方は、いつから私を好きになった?」
思いがけない問いに、イツキは思わず目を丸くしてしまう。
だが、すぐに表情を戻した後、考え込んだ。
「……恐らく、一目惚れではないと思う」
「フフッ、そうね。それは有り得ないわ。貴方は、中身を見る人だもの」
カリンは、知っていた。彼が決して、外見だけで判断する人ではないと。
「そうだなぁ、君を好きになったのは。……君の事情を知った時からだと思う」
「……そう」
あの頃の彼女は、恋人を亡くし、心を閉ざし、泣いてばかりいた。
部屋の前を通りかかると、中から聞こえる押し殺した泣き声。
「普段では常に冷静で、バトルになると強い。でも、本当の君を、ボクは見つけた。
……闇の中で、泣いている君を」
「……ええ。貴方は、見つけてくれた。本当の、私を」
人に涙を見られる事が、嫌いだった。弱みを見せる事が、怖かった。
誰かに涙を見られたくなくて、夜中一人、泣いていた。
でも本当は、誰かに見つけて貰いたかった。
あの頃の自分はもういない。今は、彼がいてくれる。
涙を拭ってくれる人がいる、全てを受け止めてくれる人が、ここにいるから。
「……ねぇ、イツキは。……私の何処が好き?」
「何処が好きって……君の全部が好き」
そう言って、イツキはカリンを抱き寄せる。
「……貴方を守りたくても、力がない私には守る事が出来ない。
何も出来ない。何もあげられない。それでも、貴方は私が好き?」
「そんな事ない。ボクは、君に救われてる。君に、沢山の物を貰っているよ。
君の笑顔も、優しさも、涙も、心も、皆好きだ。…君は?　カリンは、
ボクの何処が好き?　君の言葉で、教えて」
そんなの、決まっているでしょ。
そう言いたげな瞳が向けられ、カリンはイツキの胸に身を委ねる。
「貴方の、全てが好き」
イツキと同じ言葉。
それを聞いたイツキは可笑しそうに笑った後、カリンに優しい口付けを。
「カリン、君を愛してる」
「ええ。私もよ」
何度でも、愛を確かめ合い、その温もりに包まれる。
その言葉は、一つの魔法の言葉。

君の全てを受け止めて、そしてボクは、永遠に君を愛し、守り続けるだろう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　完

後書き
イツキは、絶対に一目惚れなんてしません。
イツキは外見だけじゃなくて、中身も見る人だから。
……見えるの間違いかしら?
カリンさんは優しくも厳しく、強くも弱い、そして美しい女性です。
私はそんな人が大好きです。
心の脆さを書くのが、好きだったりwwww
……私は、カリンさんを絶対に呼び捨てなんかにはしないよ!!
カリンさんはカリンさんだ!←「さん」が重要!
……え?　ワタル?　ワタルはあれだよ。「チートゥ」だよ（笑）
ワタルファンの方、すみません。
それでは、今日はこれで失礼します。

△閉じる△

仕事の休憩、二人で過ごす時間は
何よりも嬉しく、楽しい時間。
君の淹れた紅茶が飲みたい。
そう言ったイツキに、カリンは、御用達の高級茶葉専門店で
買って来た紅茶を淹れる。
市販で売られている茶葉よりも、香りも味も違う。
それ以前に、市販の物と比べてはいけない。
カリンが淹れる物は、紅茶でも珈琲でも緑茶でも、
全てが美味しいとリーグでは評判だった。
市販の物は、高級な味に。そして高級な物は更に美味しく
味が変化する。それはまるで、魔法の様に。
イツキの好みは知っている。角砂糖は一個。ミルクは多め。
嗚呼、でも今日は少し違う感じにしてみよう。
冷蔵庫から取り出したのはミルクではなく。
その白い液体を紅茶に入れて、掻き混ぜる。
「はい、イツキ」
「ありがと、カリン」
礼を述べ、早速一口。すると、何かに気が付いたのか、
イツキが小さく声を上げ、紅茶の水面を見詰めた。
「いつもと味が違うね?」
「ええ……、ミルクの代わりに生クリームを淹れてみたの。
……もしかして、気に入らなかった?」
その不安げなカリンの言葉に、イツキは小さく微笑んで首を横に振った。
「そんな事ない。とても、美味しいよ」
そう言って、もう一口。それを聞いたカリンは、安心した様に頬を緩ませた。
すると、イツキが不意にカリンの髪に触れる。
イツキに頭を撫でられるのは、カリンにとって一つの安心だった。
暖かい手が、撫でてくれる。けれども、今回は撫でるのではなく。
カリンの薄い紫色の髪を手にすくい、握ったり、梳いたり。
「……どうしたの?」
「ん?　ああ…カリンの髪って綺麗だなぁと思って」
そう言って、髪に落とす口付け。
「いつもサラサラで、フワフワしていて。
それに、いい香りがする」
「……シャンプーの香りじゃ」
「違うよ。シャンプーくらいじゃ、こんないい香りはしない。
この香りは、君の香り」
カリンが言い終わらない内にそう告げて、イツキは
カリンに寄りかかる。
「君といると、心が安らぐ。君の香り、君の温もり、
君の声、君の存在全てが、ボクの心を癒してくれる」
「……イツキ」
「何?」
カリンの呼びかけに、イツキは身体を委ねたまま問い返す。
「好きよ、貴方が大好き。この世界で誰よりも、貴方を愛してるわ」
その言葉を聞いて、イツキは柔らかく、カリンにしか見せない
優しい笑みを浮かべて。
カリンの顔をこちらに向かせ、優しい口付けを。
漂う紅茶の香りと白い湯気。
どんな高級な物でも、この優しく甘い口付けには、
到底敵わない。

完

後書き
イツキとカリンさん、どちらにとっても
二人で過ごす時間はかけがえのない宝物。
私にとっても、その友人と過ごす時間は、
かけがえのない大切な宝物。
 

△閉じる△

重いキャリーを引っ張って、カリンはリーグの
正面入り口から入る。
「ただいま……」
いつの間にか、返って来る時はいつもそう言っていた。
ここが、自分の家の様に感じて。
ここに来た当初は、リーグに戻っても何も言えなかった。
何を言っていいのか分からず、戻ってもただ無言で。
最初は、この場所が自分の家だとは感じなかったから。
けれども、今ではその言葉が言える。
ただいまって言える場所がある事は、とても嬉しい。
でも、そこには返事がなかった。
おかえりと言う、言葉は。
おかえりと行ってくれる、人は何処にも。
それが、とても悲しく思えて。
「ただ、いま……」
もう一度そう呟いても、返事は返って来ない。
自室に戻ろうと階段を上ろうとした、その時。
「おかえり、カリン」
「――!」
背後から掛けられた言葉に、カリンは振り向く。
そこに立っていたのは、優しい笑みを浮かべたイツキ。
今、一番会いたかった人に。今、一番聞きたかった言葉を。
イツキが歩み寄って来て、困った様に笑みを浮かべる。
「ごめんね、遅くなって。シバに書類届けていたから」
「……どうして、私が返って来た事分かったの?」
「カリンの気配がしたから。急いで来たんだ」
そう言って、自分の子供を出迎える様に頭を撫でる。
そんなイツキの手が、暖かくて。
「イツキ。おかえりって、言って。名前を、呼んで」
「……おかえり、カリン」
その言葉が、心に沁みて来る。
その言葉が、嬉しくて。
「……ただいま」
その言葉の返事を。
ただいま、おかえり。そう言える人、言ってくれる人。
あなたの周りには、いますか?

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　完

後書き
ただいまって言って、おかえりって言ってくれる人が
いるととても安心する。自分には家族がいるんだなぁって。
カリンさんにとってリーグは、もう一つの家なんだよね。
カリンさんだけじゃなくて、イツキやシバやキョウさんや
ワタルさんにとっても。
イツキとカリンさん、同棲して挙句の果てには
結婚して子供作っちゃえばいいのに。
それ程イツカリが大好き。

△閉じる△

その日、リーグ全体はかなりの忙しさに追われていた。
何故かその日に限って、大量の書類がリーグに届き、
チャンピオン含めて四天王達は事務作業で手一杯だった。
机から離れられない、珈琲を淹れる時間もない程。
カリンも、その一人。
机の大量の書類が重ねられ、慣れた手つきでサインを記入し、
重ねて行く。
「ブラッキー、ヘルガー」
カリンの呼びかけに、床で伏していた二匹がすかさず反応し、
カリンの傍に歩み寄る。その間に、カリンは書類を二枚の封筒にしまった。
「いい?　ヘルガーはこの封筒をワタルに。
ブラッキーはこの封筒をイツキに届けて来て?」
『くぉん!』
『ワウ!』
二匹はその書類が入った封筒を咥えて、部屋を出て行く。
二匹が部屋を出て、一息つきたいところだが、そんな暇はない。
まだ書類が大量に残っているのだから。
せめて夜までには終わらせて、ゆっくりしたいものだ。
そう思いながら、カリンは筆を手に取った。

＊＊＊
その頃、イツキも活字と向き合っていた。
だが、イツキの書類はそこまで多くは無かったが、
いつもより比較的多い方だった。これに全てサイン。
何とも疲れる仕事だ。
カリンから貰った万年筆を手に取って、黙々とサインをして行く。
時折手を一瞬だけ止めて、万年筆を見詰める。
もしかしたら、この万年筆を貰ってから自分はずっとこれしか
使っていないのかもしれない。他の使っていたペンは、全て机の引き出しに
しまってある。この筆を見る度、触れる度に、彼女の温かさを感じる。
それが、幸せだった。
筆を一度置いて、椅子に座ったまま伸びをする。その時。
カリカリ……。
ふと聞こえた小さな物音。それは、何かを掻く音。
その物音が聞こえて来る方向は、扉の向こう側。
イツキは自身の能力で扉を半開きにする。入って来たのは書類を咥えた
ブラッキーだった。
「やぁ、ブラッキー。書類を届けに来てくれたんだね。おいで」
手を差し出すと、ブラッキーはイツキの方へ歩み寄り、その手に頬ずりを
すると、静かに咥えていた書類を渡した。
「カリンは忙しそう?」
『くぉん…』
顔を俯かせて、寂しそうに声を上げる。
「そっか。まぁ、君にとっては退屈だよね。仕事が終わったら、
沢山遊んで貰いな」
『くぉん!』
ブラッキーは満面の笑みを浮かべて、頷いた。
このブラッキーは、周りも驚くくらい彼女の事を好いている。
甘えん坊で、淋しがり屋。
「御苦労さま、ブラッキー。もう行っていいよ」
イツキの言葉に、ブラッキーは背を向けて部屋を出て行こうとする。
その時、イツキが何かを思い出した様に声を上げた。
「ちょっと待って、ブラッキー」
イツキの呼び止めに、ブラッキーは片足を上げながら振り向く。
そしてイツキの元へ再び戻って来る。
イツキは引き出しから小さな掌サイズの小箱を取り出す。
「これを、カリンに渡して」
そう言って、その小箱をブラッキーの頭に乗せる。
ブラッキーは何とかバランスを保ち、何とか小箱を落とさない様にする。
その小箱には、リボンが結ばれていた。
「落としちゃ駄目だよ?　いいね?」
『くぉん!』
頼まれる事は好きなのだろう。何故分かるか。それは、ブラッキーの尾が
嬉しそうに振られているから。それに、彼自身も分かるのだろう。
この小箱の中身は、彼女へのプレゼントだろうと。
ブラッキーは、小箱を落とさない様に部屋を出て行った。

＊＊＊
ワタルの元へ書類を届けに行っていたヘルガーは
既に戻っていると言うのに、ブラッキーはいつまで経っても戻って来なかった。
イツキの部屋から、そんなには遠くない。何処か寄り道でもしているのだろうか。
まぁ、彼なら心配いらないだろう。
その時、ふと思った事。イツキはどうしているだろうか。
忙しくても、何故か気になってしまう。大丈夫、夜になれば会えるから。
そう思って、作業を再開しようとしたその時。
『くぉん』
「……ブラッキー。遅かったわね」
帰って来たブラッキーが、半開きになった扉から入って来る。
そして、ゆっくりと歩いて来た。
それを不思議に思ったカリンは、ブラッキーの頭に何かが乗っている事に
気が付く。首を傾げていると、ブラッキーがその小箱を渡す様に
顔を前に出して来た。その小箱を手に取り、見詰める。
「……イツキ、から?」
その問いかけにブラッキーは笑みを浮かべる。
「そう、ありがとうブラッキー。後でイツキにもお礼言わなくちゃ」
ブラッキーの頭を撫でると、ブラッキーは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らす。
カリンは一度作業を中断し、その小箱のリボンを解く。
そして中から取り出したのは、小さな水晶玉と、それを乗せる台。
部屋の灯りに重ねると、水晶が小さく煌めいた。それが、とても美しく思えて。
前にイツキと撮った写真の横に、その水晶を置く。
また、宝物が増えた。二人で撮った写真、ブレスレットになった鈴、水晶。
そして今まで貰った沢山の優しさと愛。
勿論その中には、亡くなったサツキの思い出も残っている。
全て、彼女の大切な宝物。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　完
後書き
忙しくても互いが気になる二人。
そしてブラッキーを出したかった。
私の妄想だと、カリンさんのブラッキーはカリンさんが大好きで
甘えん坊でちょっぴり寂しがり屋の男の子。
カリンさんに誉められる事が大好き、カリンさんの笑顔が大好き。
だから、カリンさんを笑顔にしてくれるイツキの事も大好きだといいな。
そんな勝手な妄想乙ww

△閉じる△

君に近付くと、ふわりと香る薔薇の香り。
いつも君は、薔薇の香りがする香水を使っていたね。
しつこくなく、控えめで、ふわりと上品に香る薔薇の香り。
それが好きで、ボクはよく彼女の肩に寄りかかる。
それが、少しだけ癖になっていた。
今日も、陽が沈んで、四天王としてのバトル、書類を片付け終わった後、
君の部屋に訪れた。
君はベランダのベンチに座っていて、淡い紫色の髪を風に靡かせながら
星空を眺めている。
そして、細い手首には、ボクがあげた鈴がブレスレットとなってぶらさがっている。
正確に言えば、彼女の元彼があげたものだけど。
扉とベランダは離れているけれど、彼女が腕を揺らす度に聞こえる鈴の音。

「カリン、隣、いいかな」
「どうぞ」

カリンの許可を得て、ボクは彼女の隣に座る。
……気の所為かな。少し、いつもと違う。
チリン、とボクの隣で鈴が鳴った。

「今日もお疲れ様。どうだった?　今日のチャレンジャー」
「うん、まぁまぁだったよ。８０点、って所かな。惜しかったよ」
「そう。でも、結構危なかったわね。相手のポケモンは残り二体。
貴方のポケモンは残り一体」
「まぁ、途中で弱らせていたから、楽だったよ。君、退屈でしょ?」
「ええ退屈ね。何処かの誰かさんが全員倒しちゃうから」

そう言って、カリンは横目でボクを見る。
まぁ、主にボクとシバ、キョウが君の出番奪っちゃっているんだけど。

「ハハ。だって、バトルするなら全力で行くし、勝たなくちゃ。
シバもキョウも同じだよ。それが四天王としての仕事」
「私にこうして会いに来てくれるのも、四天王として?」
「……君は違うよ。こうして会いに来るのは、一人の男として。
それに、君には毎日会いたい」
「毎日会ってるわ」
「迷惑?」

その質問を投げかけた途端、彼女の鈴を鳴らす腕が止まった。
そして、視線を移してボクを見詰める。
すると、浮かぶ優しい微笑み。

「迷惑じゃないわ。寧ろ、嬉しい」
「素直だね、君って」
「貴方が素直じゃないのよ」

そんな他愛も無い会話をしながら、君と過ごす時間。
とても幸せに感じるんだ。
彼女の肩に寄りかかろうとした時、彼女が突然ボクの肩に寄りかかって来た。
その時、風に運ばれた香り。
やっぱり、違う。

「香水、変えた?」
「え?　ええ…。気分転換にと思って、桜の香水に変えてみたの。
……甘過ぎるかしら?」
「……ううん。とても、柔らかい香りだよ」

いつもと嗅いでいる香りと違うから、少し戸惑ったけど。
でも、その香りは、まだ遠い春を思わせるふわりとした香り。
春になったら、君と一緒に、桜見に行きたいな。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　完

後書き
私が持っているアロマはローズとアップル。
二つとも良い香りです。
たまに入れ過ぎてギャーな事もあります（笑）
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
 

△閉じる△